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神戸地方裁判所 平成7年(ワ)442号 判決

原告 A野太郎

右訴訟代理人弁護士 別紙原告代理人目録のとおり

被告 大和証券株式会社

右代表者代表取締役 江坂元穂

右訴訟代理人弁護士 瀧賢太郎

主文

一  被告は、原告に対し、金二九〇万九〇九一円及びこれに対する平成七年五月二三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の、各負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金五七一万八一八二円及びこれに対する平成七年五月二三日(訴訟送達の翌日)以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  原告は、被告の従業員の勧誘に応じて、平成二年五月に外貨建ワラントを購入したことにより損害を被ったとして、主位的に民法七〇九条(会社ぐるみの組織的詐欺行為)に基づき、予備的に民法七一五条(従業員の違法勧誘に基づく使用者責任)に基づき、その取引による損失五二一万八一八二円と弁護士費用五〇万円の損害賠償を求める。

二  前提事実

1  当事者

被告は、有価証券の売買等の媒介、取次ぎ及び代理等を目的とする株式会社である(争いがない)。

2  ワラントの取引

(一) 原告は、被告福知山支店において、証券外務員西村裕司及び古畑博敏の勧めにより、次のワラントを購入した(争いがない)。

① 平成二年五月一七日 三井物産ワラント(九三〇一)

一〇万ドル(買付け代金二五五万九四〇〇円)

② 同年四月二四日 ユニチカワラント(九三〇七)

一〇万ドル(買付け代金二六六万〇〇〇〇円)

(二) 右購入ワラントのうち、①は平成四年一二月二四日に一二一八円で売却し、②は売却できないまま行使期限を徒過し、その結果、原告はこれらの取引で合計五二一万八一八二円の損失を生じた(争いがない)。

3  新株引受権付社債(ワラント債)

(一) 新株引受権付社債とは、所定の期間(権利行使期間)内に所定の価格(権利行使価格)で所定数量の新株を引き受けることができる権利(新株引受権)が付与された社債をいう。

(二) 社債権者が新株引受権を行使するとその時点で新株が発行されるが、新株払込価格は社債発行時に固定されているので、株価が権利行使価格を上回っているときは時価より安価に新株を取得できることとなり、取得した株式を直ちに売却すれば権利行使価格との差額が利得(キャピタルゲイン)となる。

同様の機能は転換社債も有しているが、転換社債の場合は新株取得のために追加払込を要しないのに対し、ワラント債の場合は追加払込を要する点が異なる。

(三) ワラント債は、社債権と新株引受権とを別々に譲渡することができるか否かによって、分離型と非分離型とに分かれ、分離型の、社債権と分離された新株引受権をワラントという。

(四) また、ワラント債には国内で発行される円建てのものと、外国で発行される外貨建てのものがある。外貨建てワラント債の発行は為替レートの変動によるリスクを回避することを目的とするもので、わが国の企業が発行するワラント債の大半は外貨建てと言われている。

わが国では、当初、証券業界の自主規制により、分離型ワラント債の国内取引を禁止していたが、昭和六〇年一一月一日よりその取扱いが解禁され、昭和六一年一月一日からはわが国の企業が発行する外貨建てワラント債の国内取引(還流)も解禁された。

(五) ワラントの商品特性は次のような点にある。

(1) 権利行使期間の制約

ワラント債の発行時に、権利行使期間として社債満期日の一営業日前までの日が定められ、この権利行使期間を経過すると新株引受権は行使できずワラントは無価値となる。

(2) ワラントの理論価格(パリティ)

ワラント債の価格は、例えば、額面一〇〇万円であれば社債が八〇万円、ワラントが二〇万円、権利行使価格一〇〇〇円のように設定されるが、ワラントの価値は将来株価が権利行使価格を上回ることにより生じるから、理論価格は、次の算式で表される。

額面×付与率×(株価-行使価格)÷行使価格

(付与率は社債の額面総額と発行予定新株の総価額との比率をいい、通常は1である。)

右の例では、権利行使により取得できる株式数は一〇〇〇株(一〇〇万円÷一〇〇〇円)であり、これを二〇万円で購入しているので、新株一株あたりのコストは一二〇〇円となる。

従って、株価が右コストを上回った時初めてワラントの理論価値は現実化し、投資者は利益を得ることができる。

(3) ワラントの流通価格

ワラントの理論価格が零またはマイナスのときはワラントは流通価格を持たないこととなるはずであるが、現実には、将来の株価上昇への期待度、株価の変動率の大きさ、需要と供給、権利行使期間の長短(時間価値)などの要因によってプレミアム価格を形成し、これが流通価格となって取引されることになる。

右のうち、権利行使期間の持つ意味は大きく、とくに満期四年ものが多いわが国の企業発行のワラントにおいては、株価が権利行使価格を下回り、かつ、残存行使期間が二年を切るとワラントの取引率は著しく低下し、その売却の機会は著しく減少すると言われており、その場合、当該ワラントは事実上無価値に等しくなる。

(4) ギアリング効果

ワラントの理論価格は株価の変動に伴って上下するが、株価の変動率を大幅に超えて変動すること(ギアリング効果)に特徴があり、株価の僅かの下落でも理論価格はマイナスとなりうる。ワラント取引がハイリスクと言われる所以である。

ギアリング効果は、あくまで株価とワラントの理論価格との関係をいい、株価とワラントの流通価格との間では必ずしもギアリング効果が生じるものではない。

(六) 外貨建てワラント債

(1) 店頭相対取引

外貨建てワラントは、海外の取引所に上場されるものの、国内の取引所には上場されず、平成元年二月以降、証券会社間で自主的に創設された業者間取引市場において相対取引がなされていたのみであった。

(2) 店頭価格の開示

しかし、店頭相対取引ではワラント価格の形成が不透明で業者間に不統一があったため、平成元年五月以降、日本証券業協会の決議により、新聞・専門誌などにおいて特定銘柄のみ気配値がポイント数で表示されることになった。

なお、右ポイントからワラント価格を算出するには、専門的で複雑な計算を要する。

三  主要な争点

1  本件ワラントの取引は、被告の組織ぐるみの違法行為と言えるか。

2  本件ワラント取引における被告の証券外務員の勧誘は違法であったか。

3  原告の損害額(過失相殺、寄与率を含む。)

四  原告の主張

1  争点1(主位的請求)について

被告は、危険なワラント取引について、その危険性を顧客に周知させるように自己の外務員を指導せず、むしろ外務員に厳しいノルマを課して、ワラントを有利なものとして積極的に一般投資家に売りさばくよう指導していたもので、これは原告に対する会社ぐるみの組織的詐欺であり、民法七〇九条の不法行為に該当する。

(一) ワラント取引における違法性の根拠事実

(1) 証券会社の優越的地位

証券会社は、大蔵大臣の免許を受けて証券取引業を営むもので(証券取引法第二八条一項)、その知識、経験、情報の収集、利用、判断等すべての面において、一般投資家に比して、はるかに優越した地位にある。

証券会社は、このような優越した地位を利用して、一般投資家に対し、自己の判断や考え、あるいは投資手法、取引内容を投資家にそのまま行わせ、投資家の損失において自己の利益を図るようなことが行われてきた事実があった。ワラント取引における一般投資家の被害も証券会社の優越的地位の濫用によるものである。

(2) 顧客の証券会社に対する信頼の悪用

多くの一般顧客は証券会社を信頼して、証券会社の営業担当者らの電話や口頭による一方的な勧誘に応じて証券取引を行い、ワラントを購入している。

アメリカ合衆国では、証券取引委員会への登録が認められた証券会社は一般投資家に対して公正に業務を遂行することを表明したものと見なされ、不公正な行為を行った場合には違法と評価されるという判例法理(Shingle Theory「看板の法理」)が確立している。免許制をとっている我国の証券業にも妥当する法理であり、証券取引法四九条の二はこの法理と同趣旨のものと解すべきである。

本件のワラント取引は、大蔵大臣免許に基づき証券業を営む証券会社に対する一般投資家の信頼を悪用してなされたものであり、右法理に違反する違法なものである。

(3) ワラントの新規性、非周知性

ワラントは、株式や社債などの旧来の金融商品とは全く異なる新規なものであり、しかも市場そのものにとっての未経験の商品で周知性のまったくない商品であり、まして一般投資家にとってはまったくなじみのないものであり、ワラントの取引システムや権利内容、リスクについては、理解のための手段自体が殆ど存在せず、理解することが極めて難しいものであった。仮に、購入者が通常の株取引、信用取引を繰返していたような場合であっても、そのことによってワラントについての理解が可能であったなどと推認することはできない。

ワラントは、その新規性、非周知性から一般投資家に対する勧誘対象としての適格性を欠く商品であった。

(4) ワラントの超ハイリスク性、難解性

ワラントは、新株購入代金を調達できない投資家にとっては本来購入し保有する意味のない商品である。しかも、株価がワラントの権利行使価格を上回らない場合には、ワラントの価値はほとんどなく、そのまま権利行使期間を経過すれば紙屑となる。しかもギヤリング効果によってワラントの価格変動は株価に比べはるかに大きく、紙屑化の危険性も大きい。

また、ワラントは、その構造ひとつを取り上げても非常に難解で複雑であり、これを投機のプロではなく本業のかたわら片手間にやっている一般投資家が理解するのは容易ではない。ワラントは一般投資家にとっては欠陥商品というべきものであった。

(5) 証券会社にとっての構造的うま味

証券業界及び証券会社が、このようなワラント債発行に強い関心を示したのは、その発行・売買が、①発行手数料、②不透明な価格形成による売買益、③企業に還流された資金の運用委託を受けることにともなう手数料収入、として莫大な利益を挙げることができたからである。

(6) 公正な価格形成が制度的に保障されていない

外貨建てワラントは、国内の証券取引所には上場されておらず、国内の証券会社と店頭で相対取引をするしかなく、公正な価格が形成される制度的保障が全くないどころか、顧客を犠牲にして証券会社が利益を得るという利益相反の関係にある。

相対取引による価格形成の不透明さが余りにもひどいため、日本証券業協会は、理事会決議により平成二年九月二五日からは、協会員間売買はすべての銘柄について日本相互証券株式会社の媒介により行うものとし、顧客との仕切り値幅を制限することとした(直近の仲値―業者間売買の銘柄ごとのベストオファーとベストビッドの平均値―を基準として、上下を限定する。)。しかし、この値幅制限も不十分なものであって、その妥当性は保障がなく、価格形成が、透明かつ公正になったとは到底言えない。

(7) 価格の周知方法が講じられていない

平成元年四月末までは、外貨建ワラントに関する価格情報は新聞紙上に一切公表されていなかった。その後平成二年九月二四日までは、店頭市場の動向を反映する市場性の高い代表的な銘柄(気配発表銘柄)について、協会員間売買における、売り気配及び買い気配のそれぞれの平均値、最高値及び最低値(ポイントで表示)が発表され、このうち、売り気配及び買い気配のそれぞれの平均値(ポイントで表示)は、日本経済新聞等に公表されたものの、銘柄は、限定されていた。

しかも、顧客との売買値が右気配値といくら乖離していても制限はないことや、業者間取引値と、顧客との取引値とは、証券会社の利鞘のために必然的に差があったこともあって、公表される業者間取引の気配値では、投資判断のための価格情報としては全く不足している。

(8) 証券の内容が一般投資者には全く理解不能である

外貨建ワラントの原券は、原券自体入手困難である上、全文が専門的英語で綴られており、現在のわが国の平均的一般投資家では、これを入手しても自ら読解することは不可能である。

(9) 実質的な国内募集・売出である

本件の外貨建ワラントは、いずれも形式的にはヨーロッパ市場で発行されたものであるが、その全部またはほとんどが、直ちにわが国国内で消化されている(いわゆる還流)。当初からその旨企画されており、実質的にはわが国において発行されたものである。それにもかかわらず、証券取引法第四条(大蔵大臣宛届出)、同第一三条(目論見書の作成)という証券発行の最も基本的な法律要件を満たしていない。外貨建ワラントの発行は、証券取引法の脱法行為であり、その販売もまた同様である。大蔵省は平成二年二月一日以降の発行分から、ようやく、有価証券届出(法四条)、目論見書交付等の開示をするよう証券会社に求めるようになった。

2  争点2(予備的請求)について

仮に、被告に会社ぐるみの不法行為がないとしても、被告の外務員の原告に対する勧誘行為は、適合性原則に違反し、かつ、説明義務に違反する違法なもので、民法七〇九条の不法行為に該当し、被告は、使用者として、同法七一五条により原告に対し、原告の被った損害を賠償する責任がある。

(一) 適合性原則違反

原告が被告と株式取引を開始したのは平成元年二月二一日からであり、それまでは証券取引とは一切かかわった経験がなかった。同年九月二二日から被告と信用取引をしているが、株取引を始めてから僅か七カ月の素人ともいうべき原告に信用取引をさせること自体著しく適合性を欠いている。

しかも、原告の手持資金は約一五〇〇万円しかなく、金融機関からの借り入れにより合計三〇〇〇万円以上の取引をしていたもので、そのことを被告担当者は了知していた。この蓄えは、原告が障害者であることを自覚し、老後の資金として貯めてきた預貯金であって、原告において、ワラントが行使期間を経過すれば紙屑になるような危険性を有するものであることを知っていたならば、ワラント取引などする筈もなかった。

そして、東急株で七三一万円余の損失を出し、且つ、丸紅株の信用取引でも大きな損害が発生している原告に対し、更にハイリスクなワラントを販売することは原告の経済的基盤を根底から覆す危険性があり、そのことは被告担当者にも容易に理解しえた。即ち、当時の原告にはワラント取引を勧誘する適合性が明らかに具備しておらず、その意味においてワラント取引の勧誘自体が違法であった。

(二) 説明義務違反

(1) 外貨建ワラント取引を一般投資家に勧誘する場合においては、投資家の年齢・職業・資産・証券取引に関する知識や経験、投資目的に照らし、①ワラント債と転換社債との相違、②分離型と非分離型の異同、③権利行使価格と株価の関連、④権利行使期間の存在とその効果、⑤為替レートの影響、⑥ワラントの理論価格(パリティ)と流通価格との関係、⑦いわゆるギアリング効果と損失の危険性、などの基本的な商品構造を説明してその理解を得るのはもとより、⑧外貨建ワラントの取引は証券業者間の店頭相対取引に限定されていること、⑨本件ワラントの取引当時公表されているのは気配値(しかもポイント数)であって、それから流通価格を算出するのには専門的な知識を要すること、⑩ワラントの流通価格は株価の変動のみでなく種々の要因によって複雑に変動するため、一般投資家には流通価格の把握が極めて困難であること、⑪ワラント取引の相手方は事実上当該取引を勧誘した証券会社に限られること、⑫したがって、ワラント取引には流通価格や株価の変動をもたらす諸要因についての豊富で継続的な情報の収集と専門的な知識に基づく判断とが要求されること、などについて十分理解を得られるよう口頭及び書面で説明し、そのうえで顧客の承諾を得なければならない義務を証券会社勧誘担当者は負っている。

(2) ところが、原告は本件ワラントの勧誘を受けた当時六一歳で、証券取引は前年の平成元年二月から開始したばかりであり、ワラントに関する取引経験は勿論のことワラントという言葉すら聞いたことがなく、知識は全くなかった。

このような原告に対し、ワラントの購入を勧誘するにあたっては、被告の証券外務員らは、前記のようなワラントの商品構造と取引の仕組みにつき理解しうる説明を行う義務を負っていた。とりわけ権利行使期間なるものが存し同期間を過ぎれば無価値となること、権利行使価格が決まっていること、権利行使期間内でも株価が権利行使価格を下回ればワラントの売却が困難となり、とくに権利行使期間が残り二年を切ると売却の機会が著しく減少し、事実上無価値に等しくなることが多いこと、しかもワラントの流通価格は被告を通じてでないと知ることができず、それは諸要因の複雑な影響によって変動すること、などを原告に十分理解させたうえで取引の注文を受けなければならなかった。

にもかかわらず、西村及び古畑は、原告に対し、顧客の損を取り戻させるための特別な方法としてワラントなるものがあるとの誤った説明を行い、当時多額の株式損失を被っていた原告の気を惹き、前記①ないし⑫のワラントの商品構造・特性につき何ら原告が正しく理解しうるような説明を行わず、僅か一〇分間余りの電話説明だけで、ソニー株売却代金の内約五〇〇万円の一任的な運用を委ねさせ、手始めに平成二年五月一七日三井物産ワラントを購入し、その後同月二四日にユニチカワラントを購入したうえで原告に事後報告をしたものである。

このような経過のため、原告は、ワラントの商品構造や取引の仕組みを全く理解しないまま、特別の客だけに損を取り戻させるシステムと理解し、被告にその後の問い合わせもしなかった。

(3) 西村は、ワラントについて相当の説明をした旨供述するが、五分乃至一〇分という短時間に、電話で、ワラントに関する知識・経験の全くない満六一歳の酪農家に、その供述するような事細かな説明をすることは不可能である。右説明時あるいは、それ以前にワラント説明書は勿論のことパンフレットの類も一切交付していないことは西村も認めており、仮に五分から一〇分内に早口で一方的に話したとしても原告の理解を得ること絶対に不可能である。

原告は、西村の右電話説明により、外貨建との言葉が出たことは記憶しているが、客から預かった資金で会社(被告)の大きな歯車で運用し損も取り戻してもらえるシステムである、との理解しかしていない。

(4) 本件三井物産ワラント及びユニチカワラントは、原告の取引日において、いわゆるマイナスパリティであり、一七パーセントまたは一二パーセント以上値上がりしないと権利行使価額にすら追いつかない状態であった。すでに株の下落で大きな損失を被っている原告が真実西村から右説明を受けていたならば、かようなマイナスパリティとなっているワラントの購入を決断することなどあり得ない。西村はワラントのプレミアムについて何らの説明も計算もしなかったと自認しているが、マイナスパリティのワラントの購入を勧誘をするのにプレミアムの説明も計算もしなければ、どのようにして当該ワラントの値段が付くのか、原告には判らない筈である。

(5) 取引後、被告は、「外国新株引受権証券取引説明書」を交付し、そのうえで同内容を原告において確認したうえでワラント取引が開始されたとの体裁を取り繕うための目的で、いわゆる確認書を原告から徴した。

しかも、そもそも被告はワラント取引開始時には説明書を原告に対し交付していなかったことは被告も認めるところである。五月二五日にパンフレットを交付したと被告は主張するが、その体裁からしても、真実これを交付したのであれば、確認書に署名捺印を得ていたはずであって、しかも、既に取引を開始した後であるし、パンフレットは、右確認書にいう説明書に当たらない。

被告は、確認書の日付欄を空白としたまま顧客から確認書を何らかの方法で徴求し、後日都合のよい年月日を記入するとの運用を行っていた。

(6) 以上から西村(及び古畑)はワラント取引について知識も経験もない原告に対し、本件ワラントの購入を勧誘するにあたって、証券外務員として尽くすべき説明義務に著しく違反していたことが明らかである。右勧誘は違法であり不法行為を構成する。

3  争点3(原告の損害)について

原告は、本件ワラント取引により、購入代金五二一万九四〇〇円から三井物産ワラントの売却代金一二一八円を控除した五二一万八一八二円の損失を被った。また、本訴の提起遂行を小林廣夫弁護士ほか一八名に委任し、報酬として五〇万円の支払を約束した。よって、右合計五七一万八一八二円の損害についての賠償請求権を有する。

五  被告の主張

1  争点1(主位的請求の原因―組織ぐるみの不法行為)について

(一) ワラント制度それ自体が公序良俗に反する違法性を帯びる特質はどこにもなく、ワラントよりもリスクの高い商品として株式の信用取引、国債先物などいくらでも存することに照らし、ワラントの勧誘そのものが公序良俗に反し違法となるとは到底いえない。

(二) 自己責任の原則

(1) 一般に、証券取引は利益追求を目的とする経済活動で、本来的に危険を伴うものである。投資者は、証券会社から得る情報、助言等を参考にするとしても、当該取引へ参加するか否か、あるいは参加する場合の取引内容等については、自らの責任で、当該取引に関する危険性の有無・程度あるいはその危険に耐えるだけの財産的基礎を有するかどうか等を判断し、決定しなければならないのである。その結果、利益が出た場合は自らの利得としてこれを取得できる代わりに、損失が生じた場合は自らこれを負担し、他に転嫁することはできない。これが証券取引における「自己責任の原則」であり、危険と裏腹な取引に参加して利益を追求する以上、すべての投資者に対し当然に認められるべき基本原則である。

(2) またワラント取引が証券会社との相対取引であっても、投資者が証券会社と対等な地位にあることを前提条件と解すべき理由はない。けだし、仮に投資者が右のような状態にないと判断した場合には、投資者は証券取引への投資を控えれば足りるのであって、それにもかかわらず、敢えて投資していながら、その損失につき、自己の責任を否定するのは、極めて不合理である。

(3) 現行証券取引法五〇条一項は、証券会社とその役職員に対し、「投資者の保護に欠け、若しくは取引の公正を害し、又は証券業の信用を失墜させる」行為として、一号ないし一一号の行為を禁止している。これによると、法は、証券取引はあくまで投資者の自由な責任と判断によって行われるべきであるという自己責任の原則を前提として、その原則が合理的に行われる環境が阻害されないよう、証券会社やその役職員をして、一定の行為を禁止しているのであって、それ以上に、投資者の調査と判断を積極的に「援助すべき」ことまでは要求していない。

(4) 実務では、証券会社は、投資者に対し証券投資に関する種々の資料や情報を積極的に交付しており、ワラント取引においても、その説明書を交付するなどしているが、これは、営業活動の円滑化と紛争、事故等の防止のために証券業界の自主的措置として行っているもので、顧客に対する側面ではサービス業務としての意味しかなく、業務の履行として行っているのではない。

2  争点2(予備的請求の原因―勧誘の違法性)について

(一) 適合性原則違反の主張について

(1) 適合性の原則について

現行の証券取引法五四条一項一号は、大蔵大臣は、証券会社の業務の状況が、「有価証券の買付け若しくは売付け又はその委託について、顧客の知識、経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠けることとなっており、または欠けることとなるおそれがある場合」において、「公益又は投資者保護のため必要かつ適当であると認めるとき」は、その必要の限度において、業務の方法の変更を命じ、三月以内の期間を定めて業務の全部又は一部の停止を命じ、その他監督上必要な事項を命ずることができることとしている。

これがいわゆる「適合性の原則」と呼ばれているもので、平成四年の証券取引法の改正によって追加されたものであるが、右規定は、同法五〇条一項と異なり、大蔵大臣が行政処分をする要件の一つとして定めているに過ぎず、証券会社やその役職員に対し、一定の行為を禁止するものではない。したがって、右規定は、個々の投資者への投資勧誘に対する関係で証券会社の義務を定めたものではない。

(2) 投資者の資産状態や資質、証券取引に関する知識等は、千差万別であり、一律にこれを決することはできないし、これらの事項は、投資者のプライバシーにわたる事実であるから、証券会社の営業員は、当該投資者に関するこれらの事項を知り得ないのが通常である。過去に投資経験がない取引であっても新たに投資することがあることを考えると、証券会社としては出来る限り幅広い情報を投資者に提供しようとするのは当然であり、そのような情報の提供、あるいは、それに伴う投資勧誘自体を禁止しなければならない理由は全くない。

他方、投資者は、自らの資産状態や資質、証券取引に関する知識等については、これを熟知しているから、たとえ証券会社から投資勧誘を受けても、これらの状態に照らし適切な投資判断ができないと判断すれば、投資を控えれば足りる。

投資者の適合性は、原則として投資者自身が判断すべきであり、仮に、証券会社の投資勧誘においてこれが問題となる場合があるとしても、それは、証券会社又はその営業員がそれまでに認識した範囲内の事実に基づき判断しても、明らかに適合性を欠くと認められるような取引を積極的に勧誘した場合など例外的な場合に限られるというべきである。

(3) 被告は、ワラント取引の開始基準として、

① 当該顧客に証券投資に関する相当の知識と経験があること、

② 当該顧客からの預り資金額が一〇〇〇万円以上あること(預り資金額が一〇〇〇万円未満の場合においても、顧客カード等により顧客の金融資産額が一〇〇〇万円以上であると認められるときは、この限りではない。)

と定めているが、原告は右基準を満たしていたものである。

(4) よって、西村が原告に対してワラント取引を勧誘したことは適合性の原則に反するものではない。

(二) 説明義務違反の主張について

(1) 営業員が投資家に対し、ワラントの商品の内容、性格などにつき説明すべき法的義務が存在するとしても、その内容、程度等は、個々の投資家の投資経験や投資目的、証券投資に関する知識や判断能力に関する知識や判断能力などに応じて異なる個別的、相対的なものであり、決して画一的、一般的、絶対的なものではあり得ず、個々の顧客ごとに、かつ、個々の約定ごとに、個別的、具体的に判断すべきである。

(2) 原告は、右説明がワラントの性質やリスクのみならず、取引システム全体に及ばなければならないかのように主張するが、顧客から特にその旨を求められた場合であれば格別、常に顧客に対してそのような説明が必要であるというのであれば、それは過大な要求というほかはない。

証券取引は本来的に危険を伴う経済活動であり、それゆえ、投資者には「自己責任の原則」が要請されていることなどに照らせば、ワラント取引においても、投資者は、自己の責任で証券取引の危険性について検討・判断すべきであるから、その判断に当たって、仮に証券会社から提供された情報だけでは不十分で、さらに必要な情報がある時には、自らその情報を入手するための方法を講じるべきであって、何もかも証券会社が説明する義務があるとするのは正当でない。

(3) 仮にワラント取引につき、証券会社に説明義務を認めるべき場合があるとしても、他方で投資者に自己責任の原則が適用されることを考えると、説明としては、ワラントがハイリスク・ハイリターンの性格を有する証券であることにつき投資者の注意を促す程度で足りる。

けだし、そのような説明があれば、そのリスクに耐えることができるか否かが問題であると考える投資者は、ワラントのリスクの大きさや内容などについてさらに詳しく調査し、検討して、判断する機会を持つことができ、投資者がワラント取引に伴う危険性について正しい認識を形成することを妨げることはないからである。

(4) 説明書・確認書について

ワラント取引に際し、証券会社から投資家に対し「説明書」を交付し、「確認書」を徴求するのは、顧客との間でトラブルに発展するのを避けるという証券会社の利益のためのルールであって、証券会社の法律上の義務を伴うものではなく、説明書交付・確認書徴求がなされていないという規則違反の事実は直ちに不法行為における違法性を基礎づけるものではない。

(5) 西村の勧誘態度

西村は、ワラント取引を始める顧客に対して、被告が作成した「分離型ワラント」と題するパンフレット(乙一七)を交付して、ワラントの性格やリスクを説明して取引を行っていた。

福知山支店は新規開店の支店であり、顧客から信頼されることが最も重要であったから、ワラント取引について何らの説明もせずに勧誘することはありえない。

(6) 原告の取引態度

原告は、友人のB山から、当時の株式相場の好況を聞かされて、銀行金利よりも利益の良い証券取引を望んで、自ら積極的に証券取引を申し込んだ者である。証券取引は初めての経験であって、営業員たる西村から十分に納得のいく説明を受けなければ、取引の決断をしなかったのであって、ワラントに限って説明を受けなかったというのは不自然である。取引の都度原告に送付された売買報告書の形式や内容は、株式の売買報告書と明らかに異なるものであって、権利行使最終日の記載やドル建であることや為替レートが表示された上で代金額が明示されている。また、ワラントの預り証には「権利行使最終日」の記載が明示されていることから、原告が権利行使最終日の記載に気付かないということは考え難い。原告はワラントのパンフレットを西村から以前に見せてもらったことを認めてもいる。

更に、被告会社が事後に原告に送付した外国新株引受権証券取引説明書にはワラントのリスクが簡潔明瞭に表示されているが、原告はこれを受領しながら、その頃まだ取引を続けていた被告に説明を受けなかったというクレームを出さなかったのであって、リスクについては取引時に西村らから説明を受けていたとみるべきである。

3  争点3(原告の損害)について

原告の本件ワラント取引による損失は、本件ワラントを買い付けた平成二年五月以降の予想外の株式相場の暴落の影響を受けたワラント価格の値下がりにより、原告には利益を得て売却する機会がなかったことにより発生したもので、自己責任の原則に基づき、投資家である原告が負担すべき証券取引上の損失であり、これを被告会社に転嫁することが不当であることは明らかである。

第三争点に対する判断

一  本件ワラント取引の経緯

当事者間に争いがない事実、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

1  原告と被告との取引の開始

(一) 原告は、昭和四年二月一四日生まれで、本件ワラント取引をした平成二年五月当時、六一歳であった。兵庫県氷上郡氷上町に育ち、最終学歴は旧制C川商業学校卒である。卒業後、家業を継いで、畜産・酷農業を営み、本件当時、妻と二人で約四〇頭の和牛・乳牛を飼っていた。原告は左前肘切断、右上肢拇指・示指・中指高度瘢痕性収縮の、身体障害等級二級の障害を有しているが、自ら車を運転して、九州に居住する息子宅に出かけたこともあるほどであった。

(二) 平成元年二月二一日、原告が兵庫県氷上郡山南町在住の訴外B山春夫宅で、C川商業学校の同窓会の打ち合わせをしていた際に、たまたま被告福知山支店の従業員である後記の西村からB山に証券取引の勧誘電話があった。そのときB山は西村の勧誘には応じなかったが、取引希望のある客として原告を紹介した。原告は、それまで株式取引をはじめとする証券会社との取引経験は全くなかったが、B山は、被告福知山支店、その開設以前は被告明石支店と取引があったほか、被告以外の証券会社とも取引しており、原告もそのことを知っていた。日経平均株価が三万五〇〇〇円を越える高値を続けていた時期でもあり、株式相場の好況を見て、原告も、銀行金利よりも利益の大きい証券取引に関心を示したことから、B山から勧められたものであった。

(三) 被告の証券外務員西村裕司は、昭和五九年四月、被告会社に入社した。大阪第二営業部において研修を受けたあと、営業実務に付き、昭和六三年六月に被告福知山支店にその開店準備のために配属された。福知山支店における西村の上司は、営業課長古畑博敏であった。また開店当初の支店長は河野義正であった。

(四) B山から電話を代わった原告に対して、西村は、有望な銘柄として東海銀行の公募株一〇〇〇株代金約二三三万円の買いつけを勧めたところ、原告は、自ら三〇〇〇株を購入することを申し出、同月二二日被告福知山支店に買付資金約七〇〇万円を入金して、取引を開始した。

2  ワラント取引前の状況

(一) 原告は、取引の当初から投資資金として三〇〇〇万円ほどを予定していたもので、東海銀行公募株から始めて、神戸製鋼所五〇〇〇株約四四〇万円、伊藤忠三〇〇〇株約二九五万円、三洋電気三〇〇〇株約二八〇万円を買い付け、同年四月中旬までに約一七〇〇万円に達した。このころから、一部売り付けも始めたが、同年九月下旬までにはさらに二〇〇〇万円近くの資金を投入して、東京銀行公募株三〇〇〇株、アマダ一万五〇〇〇株、三井東圧化学公募株一〇〇〇株が買い付けられ、その投下資金の合計は三六〇〇万円近くに達した。

(二) これらの銘柄選定は、専ら西村の勧めに沿って行われてきた。西村は週に一度ほど原告宅を訪問するほか、頻繁に電話で株価を伝えるなどしていたなかで、取引の勧誘や助言を行っていた。新規発行株は別として、原告は勧誘を受けても、即断即決はせずに、西村が資料を持参し、チャートを見せて説明するなどし、その上で原告は取引を決定していた。また原告は、当時日本経済新聞を講読していたかは不明であるが、少なくとも、新聞の証券欄は目を通していた。そして、既に購入している銘柄が値下げしたときに、さらに買い増しして、仕入れ価格の平均値を下げる、「ナンピン」と呼ばれる手法を取ったこともある。

(三) 投資金額が三六〇〇万円近くにも達し、原告はそれ以上は株式取引に資金を投入することをやめた。が、証券市場はなお活況を呈しており(同年末に日経平均株価は最高値の三万八九〇〇円に達した)、原告は証券取引を続けることを希望して、西村の勧めで、右の取引で買いつけていた株式を保証金の代用とする方法で、株式の信用取引を同年九月二二日から開始した。現物取引の開始から七か月後のことであった。

信用取引の開始に当たっては、西村が説明したのみでなく、信用取引を開始する顧客については、その適合性を確認し、部店長の承認を得るべき旨の、被告の社内規定(顧客管理規程第四条)に従って、被告の福知山支店長の河野が営業課長の古畑とともに、取引のお礼という形で原告宅を訪れ、信用取引を行える顧客であるかを見定めるとともに信用取引の仕組みを説明し、取引開始に当たっての「信用取引口座設定約諾書」に原告の署名捺印を得た。

この点、原告は信用取引の開始の際には、支店長の訪問を受けたこともなく、取引の仕組みについての説明を受けていないとも述べるが、右のとおり取引約諾書を作成しているし、現物株の預り書と信用取引の保証金代用証券としての預り書との差替えが行われたことなどからしても、原告の右供述は信用できない。

(四) 信用取引としては、タカラスタンダード、富士フィルム、丸紅、ソニーなどの銘柄について取引を行った。西村は、信用取引では売り建てはリスクが大きいことから、リスクに限度のある買い建てのみを行うことを勧め、原告は買い建から取引を行った。現物取引同様に、西村がそれぞれの銘柄の将来性を資料をもって勧誘し、原告も検討を加えたうえで決定した。

こうして、原告は、信用取引とともに現物取引も続けたほか、関西電力の転換社債も購入していた。

(五) 原告は、取引に投入した資金のうち、手持ち資金が不足した約一五〇〇万円については、農協や信用金庫からの借り入れで賄った。

原告は、右の借入れのことを西村に匂わせていたと述べているが、西村や古畑が了知していたかは不明である。ただ、西村が原告に対して、銀行から借入れをしてでも証券取引をするよう勧めた形跡はなく、原告が自ら借入れ手続をして、調達したものであった。

(六) ところが、平成元年秋から高騰し、原告も一五〇〇万円ばかりを投じて取得していた東急株が、暴力団の買い占めが行われたと報道されて、平成二年初めから下落を続けたため、原告は、平成二年四月二五日売り付け処分して、約七三〇万円余の損失となった。売り付けで得た資金は、ソニー株を買い増ししたほか、信用取引で買い建てた丸紅株を、利息負担を避けるために現引するのに充てた。

この点、原告は、東急株の購入に当たっては、古畑から、言うことを聞かないと責任を持てないなどと暴力団まがいのことを言われた、などと供述する。けれども、この銘柄は合計一五〇〇万円で買いつけたのに、七〇〇万円台で処分して大きな損を出したのであり、買い付けに際して、原告供述の如き経緯があれば、被告と引き続き取引を行うとは考えにくいし、当時既に問題としていたはずであるが、その形跡もない。セールストークとして、紛らわしい発言があった可能性はあるが、さほど問題になるものではなかったと解される。

3  本件ワラント取引(勧誘の詳細については後述する。)

(一) 西村は、東急株で原告が大きな損失を出したことから、何とか取り戻して貰おうと考え、古畑と相談して、少額の資金で多額の利益を狙える証券として、ワラントを勧めて見ることにした。

(二) 西村は、五月一六日夕、原告に電話してワラントを購入することを勧めた。原告は考えておくと返事したが、西村は翌一七日の朝、古畑とともに再度原告に電話して、三井物産ワラントの購入を勧めた。原告はこれに応じて、同日、ソニー一五〇〇株を売却し(代金一二九三万円余。二四万円余の利益を得た。)、三井物産ワラント一〇万ドル(買付代金二五五万九四〇〇円)を買い付けた。

なお原告は、翌一八日には、ソニーの売却代金の残りで、一月に信用取引で買い建てして仕切り日の近づいていた丸紅株五〇〇〇株(買値六〇八万一二六九円)を現引きした。

(三) さらに、西村は同月二三日夕、原告宅に電話して、ユニチカワラントの買付を勧め、古畑も同様に電話に出て勧誘した結果、原告は、同ワラント一〇万ドル(買付代金二六六万円)を買い付けることにし、翌二四日、実行された。代金はソニーの売却代金が充てられた。

(四) この取引があった翌日の五月二五日、西村は原告宅を訪れ、ソニー株の売却代金の残金、二件のワラント証券の預り書、現引きした丸紅株の預り書を渡すとともに、ソニー株の保証金代用証券預り書を原告から回収し、原告にワラント取引の説明書である「外国新株引受権証券説明書」を交付して、その内容を確認した旨の「確認書」に署名捺印を得た。

(五) 二件のワラント購入から四か月ほど経った平成二年九月末日ころ、被告は、ワラント取引をしている顧客に一斉に、「分離型ワラント」と題する説明書を送付した。

4  本件ワラント購入後の経過

(一) 当時ワラントの値動きは、日本経済新聞に気配値が報じられていた。原告はこのころ同新聞を購読していなかったので、西村は常に持ち歩いている同新聞を見せながら、値動きを伝えていた。もっとも、西村は原告に、ワラントは一週間ほどで、値動きが見込まれ、利益を挙げられるなどと勧誘したのであったが、全般的な株価の下落もあって、利益が出るほどの値動きがないままに過ぎて行った。

(二) ワラント購入後三か月ほどの平成二年夏までは、原告は信用取引を続けた。けれども、前年末に最高値をつけた平均株価は、ずっと下降線をたどっていて、このころ、三万円を割り込むほどになったため、原告は、その後は手仕舞いのほかは、平成四年までに三度現物取引をしただけであった。そして同年末に、本件ワラントのうち三井物産ワラントを僅か一二一八円で売り付け(買い付け値は二五五万九四〇〇円)、ユニチカワラント(買い付け値は二六六万円)は行使期限を徒過して無価値となり、この二件のワラント取引だけで、五二一万八一八三円の損失となった。

(三) 原告は、「東急株で大損をしてから常に(取引は)やめると言っていたが、株を返してもらえなかったので続けざるを得なかった。言うことを聞かないと預けている株も返してもらえないと思っていた。」などと述べて、被告の担当者らが、無理やりワラント取引に至らせたような供述をしている。けれども、ワラント取引後も信用取引を続けていることや友人のB山に相談した形跡もないことなどからして、信用できない。

二  争点1(被告の組織ぐるみの違法行為)について

原告は、一般的に外貨建てワラントは一般投資家に勧める証券としては致命的な欠陥を有し、被告が外貨建てワラントを大量、強引に売りさばいた行為は社会的に許容された相当性をはるかに逸脱し、公序良俗に反する行為であると主張する。

しかしながら、商法が分離型新株引受権付きの社債の発行を認め、証券取引法上もワラントの取引が予定されていること、ワラントは少ない投資額で大きな利益を得る可能性があり、生じうる損失も最大限で投資額に止まるという点で金融商品として合理性を有すること、ワラント取引の特徴は一般投資家にとっても、知識・経験などに応じて理解が不可能なものではないこと、危険を理解した上で、危険を冒しても高い利益を得ようとする一般投資家に、その道を閉ざす要はないことなどからすると、被告が一般投資家を対象として行うワラント取引及びその勧誘それ自体が公序良俗に反するものとまでは言えない。

そして本件全証拠によっても、原告に対する本件ワラントの勧誘が公序良俗に反する違法行為であったと認めるに足りる証拠はなく、また、後記の説明義務違反を越えて、被告が組織ぐるみでワラント取引につき違法な勧誘を行っていたと認めるだけの証拠もない。

会社ぐるみの不法行為(七〇九条)の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三  争点2(適合性原則違反)について

前記認定のとおり、原告は、被告から勧誘を受けた訳ではなしに積極的に被告との証券取引を始めたものであること、僅か半年の間に次々と三六〇〇万円近くの資金を投入して、現物株を取得したこと、そのうえ、さらに取引を続けることを希望して、その買い付け株を担保に信用取引を行っていたこと、取引に当たっては、外務員の勧誘を一方的に受け入れるのではなく、その説明を丁寧に聞き、資料も検討してから、決断していたことなどの事情が認められるのであって、原告が、ワラント取引を行える投資家としての適合性を欠いていたとまでは認めることはできない。結局は、原告の知識経験や資産、関心に応じて、適切な判断ができるだけの資料を被告が提供したか、すなわち、適切な説明をしたか、の問題であると言うべきである。

四  争点2(説明義務違反)について

1  証券取引の中には投資額のすべてを失う危険をも含んだ取引があることは周知の事柄であるから、投資者が自発の意思で申し込む場合は格別として、証券会社が特定の投資商品を推奨して一般投資家を勧誘する場合には、顧客が既に当該投資商品の取引を熟知している場合を除き、原則として当該商品の取引に不可欠な商品の構造や取引価格の形成・変動の仕組み、取引による利得や損失の危険などについて十分な説明を行い、それについて顧客の理解を得たうえで、顧客自らの責任と判断で取引ができるよう配慮すべき信義則上の義務があるものと言わねばならない。

とりわけ、前記第二の二3のような構造や商品特性を有する外貨建てワラントの取引に一般投資家を勧誘する場合においては、投資家の年齢、職業、資産、証券取引に関する知識や経験、投資目的に照らし、ワラント債と転換社債との相違、分離型と非分離型の異同、権利行使価格と株価の関連、権利行使期間の存在とその効果、為替レートの影響、ワラントの理論価格(パリティ)と流通価格との関係、いわゆるギアリング効果と損失の危険性などの基本的な商品構造を説明してその理解を得るのはもとより、外貨建てワラントの取引は証券業者間の店頭相対取引に限定されていること、本件ワラントの取引当時公表されているのは気配値(しかもポイント数)であって、それから流通価格を算出するには専門的な知識を要すること、ワラントの流通価格は株価の変動のみでなく種々の要因によって複雑に変動するため、一般投資家には流通価格の把握が困難であること、しかも、ワラント取引の相手方は事実上当該取引を勧誘した証券会社に限られること、したがって、ワラント取引には流通価格や株価の変動をもたらす諸要因についての豊富で継続的な情報の収集と専門的な知識に基づく判断とが要求されることなどについて、十分な理解と承諾を得ることが必要であるというべきである。

2  そこで、本件において、被告従業員の西村や古畑が、右の説明義務を果たしたと言えるか、について検討する。

(一) まず、初めに、西村は次のとおり証言する。

(1) 五月一六日夕刻、原告に電話して、三井物産ワラントを購入することを勧誘した。古畑も電話を代わって、勧めた。西村は一〇分ほど説明し、古畑は五〇分近く説明した。原告は、考えておく、という返事であった。

(2) 翌一七日朝、再び電話で五分から一〇分位、原告に三井物産ワラント購入の勧誘をした。

(3) 右の電話では、ワラントの仕組みやリスク等についてひととおり説明した。両日ともほぼ同じ内容であった。

すなわち、

(a) 株と比較してハイリスク・ハイリターンであること、

(b) 行使期間が四年から五年あること、

(c) ワラントの値が上昇の見込みがあること、

(d) 権利行使価格があること、

(e) 外貨建であること、

(f) 外貨建ワラントの権利を行使するには二、三週間かかること、

(g) 権利行使をするのに資金がいること、

(h) ギアリング効果、

(i) 証券会社との相対取引であること、

(j) 為替リスクのあること、

(k) 残存行使期間が一年未満となるとほとんど商いが成立しなくなること、

(l) 三井物産ワラント銘柄の推奨理由(株価、発行から日が浅い)、

等であった。

(4) 次に五月二四日のユニチカワラントについては、二三日の夕方、まず西村が電話をかけ、すぐに古畑に代わって、同人が二〇分ほど、ユニチカという良いのが出てきたから、と勧誘した。

(二) これに対して、原告は、次のとおり供述する。

(1) 五月一七日(あるいは一六日)午前中に電話で、まず西村が、ついで古畑が、原告に対して、三井物産ワラントを購入するよう勧めた。「ご迷惑をお掛けしているので、何とか儲けてもらいたい。」「ワラントで一週間程度任せて下さい。」などと勧められた。当日または前日の午前中に一度、西村及び古畑からの電話があったのみで、二度勧められた訳ではない。原告が西村・古畑と電話で話をした時間は合計一〇分以下であり、極めて短時間であった。

(2) 原告は、それまでワラントという言葉さえ聞いたことがなかったためワラントがいかなるものなのか全く知識を有していなかった。しかしながら、株式取引により多額の損失を被っていたことから、右電話説明のとおり、損失を受けた顧客に対し損を取り戻させるシステムを被告福知山支店が特別に利用させてくれるものと信じて、「三井物産ワラント」なるものに代金二五五万九四〇〇円を投じることを了承した。

(3) 右電話勧誘時に訴外西村及び同古畑は、原告に対し、ワラントの権利行使期限・権利行使価格の存在、リスクが極めて高い商品であること等ワラントの仕組・商品構造等に関する重要な説明を一切行わなかった。

(4) ユニチカワラントの取引については、三井物産ワラントの勧誘を電話で受けた際に、西村及び同古畑から「総額で五〇〇万円位の資金を任せてほしい。」と言われて了承をしていたため、被告福知山支店から原告に対し事前の意思の確認及び説明はなく、事後に電話で取引報告がなされただけであった。

(三) 原告は、このようにワラントという言葉を聞いたことは認めながら、損を被った客だけに損を取り返すための会社のシステムだと聞いたなどと述べているが、勧誘文句としてその類のことが述べられた可能性は否定はできないものの、それまでの原告の慎重な買いつけぶりから見て、たやすく信用できない。しかも歯車の話を聞いたことは認めており、ギアリング効果の説明があったことを窺わせるし、「一〇万ドル」という金額を聞いたことも認めていて、外貨建てのことも聞いていたことが分かる。

原告は、ワラント以外の商品については取引の都度、詳細な勧誘を西村から受けたが、ワラントについては何の説明もなかったと述べるものであり、西村や古畑がワラントの説明だけをことさら説明の対象から除外したということになり、不自然というほかない。ことに本件当時は、ワラントの取引が不明朗であるとの批判を受けたことから、日本証券業協会理事会は、会員に対して、ワラント取引の顧客に対する説明書を交付した上での十分な説明を行うことを求め、これを受けて被告においても、同趣旨の顧客管理規程や営業員服務規則を定めていたのであって、これに反して、西村や古畑が、何らの説明もせずにワラント購入を勧誘したというのは、不自然である。また、西村や古畑がワラントという商品名を伝えながら、性格やリスクについては、本来とは異なった説明をする、というのも不自然である。むしろ、西村が説明したワラントの性格やリスクの説明について、原告が記憶にとどめていたのが、原告の供述した内容にすぎなかった、と見るのが自然である。

また、原告にとって、聞いたこともない商品であり、通常の株式でないことは理解できたはずであって、それまで慎重な取引を行っていた原告がたった一回きりの一〇分程度の電話で買い付けを決意したとは思えない。この点は、原告自身が一方で、二度電話を受け、二度めに三井物産ワラント一〇万ドルと聞いた旨答えて、二度電話勧誘があったことを認めている。

そして前記のとおり、五月二五日には、西村が原告宅を訪問して、書類に署名を受けて、預り書や現金を授受したと認められるのであって、ユニチカワラントの取引を事前に承知していなかったとの原告の供述部分もやはり信用しがたい。

(四) そうすると、原告は、西村や古畑から、前記(一)の西村の供述の程度には、ワラントの概要について説明を聞き、権利行使期限を過ぎれば無価値になるというリスクについては、説明を受けていたものと認めるのが相当である。

このことは、原告が取引後の五月二五日に西村から求められて、「私は貴社から受領した外国新株引受権証券取引説明書の内容を確認し、私の判断と責任において下記の取引(外国新株引受権証券の取引)を行います」という内容の「確認書」に署名・押印し、かつ「権利行使期限」が明記された二つのワラントの預り証を丸紅の株式の預り証とともに西村から受領していること、従って当日には「説明書」を受け取っていること、また時期は不明であるが「分離型ワラント」というパンフレットまたはそれに類似のパンフレットを受け取ったことも認めていること、ワラントの取引報告書は、「外国証券・外国証券売買報告書」とと題し、かつ、左肩に「新株引受権証券」と明示され、権利行使最終日の記載やドル建であることや為替レートが表示された上で代金額が明示されていて、その形式や内容は、株式の売買報告書と明らかに異なるものであること、被告は平成二年九月末ないし一〇月初めに、ワラント取引の顧客に対し、外貨建ワラント取引説明書と国内ワラントの取引説明書と合本したものを送付したが、原告にも送付されたこと、右のパンフレットや取引説明書には、ワラントのリスクが簡潔に記載されており、最初に「ワラントは期限付の有価証券であり、権利行使期間が終了してしまうと、その価値が無くなるという性格の有価証券です」と明示されていること、原告はこのようなリスクの説明が記載された書面を受領しながら、その頃、まだ取引を続けていた古畑に対し、こんな説明を受けなかったというクレームを出すことすらしなかったこと、以上のような事実からも、裏付けられる。

(五) もっとも、西村や古畑の説明は、電話で二度行ったに止まっており、西村は、取引前にはワラントのパンフレットその他の書面を原告に渡したことはない旨明言している。原告の供述中には、(乙一七のものであるかは分からないが)パンフレットは以前から西村から見せて貰っていたとの供述部分があるが、本件ワラントの取引以前のことと述べるのかは不明である。

そして、前記したとおりの特色を有するワラントについては、仕組みを図示したり、シミュレーションを記載した説明書などを用いない以上、電話での説明だけでは、よほど巧みな比喩を用いるなどしなければ、その仕組みを理解することは不可能であると言えるが、西村の証言によっても、そのような工夫がされた形跡はないし、原告がこの仕組みを理解できる格別の経験や知識を有していたと認めるべき証拠もない。

そうすると、原告の理解は、本人尋問において供述するほどではないにしろ、極く大雑把なものに過ぎず、自ら情報を収集し、それに基づいてワラントの売買時期や価格を判断するには程遠いものであったと解され、ワラントのリスクを真に理解し得たとは思えない。

(六) しかも、ワラント取引の判断上もっとも重要な要素は、プレミアムに対する予測であると言えるが、西村は「プレミアム」という言葉を説明していないことを認めている。現に西村が本件のワラント購入を勧誘した当時、いずれもマイナスパリティになっており(三井物産ワラントは権利行使価格一一三八円であるところ、五月一六日の株価終値は九七一円であった。ユニチカワラントは、権利行使価格は八〇一円であるところ、二三日の株価最終値は七一四円に過ぎなかった。)、プレミアムの説明や計算をしなければ、原告がリスクを理解してワラント購入を決断したり、その値段の変動について理解し、売り付けや権利行使について、自ら決断することは不可能であったと言える。

そしてこの点に関する説明の欠如は、ワラントのリスクを理解させないことに等しいものと言える。

(七) そうすると、西村らは、ワラント取引について知識も経験もない原告に対し、本件ワラントの購入を勧誘するにあたって、証券外務員として尽くすべき説明義務に違反したものと言うべきであって、右勧誘は違法であり不法行為を構成するというべきである。

五  争点3(損害)について

1  原告は、本件ワラントに関する西村や古畑らの違法な勧誘により、その取引による損失五二一万八一八二円の損害を被ったものと認められる。

2  もっとも、原告は、前記のとおり積極的な証券取引を行った結果、損失を出していたところ、短期にその損失を取り戻すに適当な商品としてワラントを勧められてこれを購入したものであるが、投資家としては、証券会社の扱う商品には、常に相当程度の危険が伴うことを承知しているはずであり、ことに短期に多くの利益を挙げることができるような商品には、それだけ多くの危険が伴うことを理解すべきであり(西村らが、原告に対して、ワラントが安全であるなどと説明した形跡はない。)、商品の仕組みやその危険性を理解できなければ、取引を控えるか、証券会社にさらに詳しい説明を求めるべきであった。右は証券取引における自己責任の原則上当然のことである。

ところが、原告は、その説明を十分に理解できないまま、安易に取引を始め、しかも、事後であれ、交付された書類にも目を通さなかったというのである。

ワラントの構造や取引の仕組みが複雑かつ専門的であって、原告のような一般投資家には容易に理解しがたいものがあることは前記のとおりであるとしても、被告から交付されたワラントの取扱説明書を十分に読み、不明な点は西村や古畑に問い合わせるなど、投資家として証券取引に対する必要な関心を抱き理解する努力をしていれば、株価が低迷している状況において漫然と権利行使期間が経過するのを待つのではなく、損失を出しても処分するなど異なった対応をすることによって、損失の発生を抑えることもできたと言える。

そうすると、本件ワラント購入による前記損害の発生には原告の落ち度も寄与しているものというべきであり、前示のような本件ワラント取引の経過、その他一切の事情を勘案すれば、過失相殺として前記損害額から五割を控除するのが相当である。

3  したがって、原告が被告に賠償を求め得る損害額は二六〇万九〇九一円というべきである。

4  本件記録によれば、原告が本件訴訟の提起遂行を弁護士に委任したことは明らかであり、本件事案の内容・訴訟の経過・認容額その他一切の事情を斟酌すると、前記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては三〇万円が相当と認められる。

六  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、主位的請求は理由がないが、予備的請求は、被告に対し、金二九〇万九〇九一円及びこれに対する平成七年五月二三日(訴状送達の翌日)から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるので、右部分を認容し、その余は理由がないので棄却することとし、民事訴訟法六一条、六四条、二五九条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一〇年六月一八日)

(裁判官 下司正明)

〈以下省略〉

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